いまの事務所とさほど遠くない新宿二丁目の雑居ビル。こんなところにもウリセンがあったとは。この街に、どれほどのウリセンがひしめき合っているのだろうか。一階の案内を見ると確かに店名が書いてある。
エレベーターで上がり、扉が開くと3人の男の子が立っている。
「あ、こんにちはー」
何故か声をかけられるので、俺はあわてて会釈をする。
そうか、あの子たちもボーイの子か。俺は客かと思われたのだろうか。彼らはエレベーターに乗って降りていく。
入り口へ向かうと、ひょっこりとひとりの男性が現れた。
「面接の方ですよね? お待ちしておりました」
マネージャーか、ボーイか。おそらくその両方だろう。メッシュの入った髪に色黒で、顔の濃いイケメンだ。応接室まで案内してくれ、こちらでお待ちくださいと言って去っていく。
(にしても広い事務所だな。今の店とは大違いだ)
今の店は、10畳くらいのワンルームが事務所ということになっているが、ここはまるでオフィスのようだ。この応接室はきっと、客が来た時にボーイが載ったファイルを見せたりするのだろう。
ドアが開いたと思ったら、先ほどの子がまた入ってくる。座り込んで俺にペットボトルのお茶を渡してくる。
「よかったらどうぞ。失礼します」
(……しっかりした子だな~。まだ20歳前後だろうに。こういうのってウリセンで学ぶのかな。他に何かしてたのかな)
何にせよ、店に対しての安心感を与えてくれるのはいいことだ。
しばらくすると店長らしき人が入ってくる。あわてて俺は立ち上がる。
「お待たせしました。おかけになってください」
座るとすかさず名刺を渡してくる。そこには社長という肩書きが書かれていた。何だかどこまでも会社っぽい。しかし社長はラフな格好で若々しく、20代にも見える。ベンチャー系によくいる若社長のようだ。
「で、今のところを辞めようかどうか悩んでいるみたいだけど」
向こうから話を切り出してくる。
「タクマくんって知ってる? お宅のところでナンバーワンだったんだけど、ウチに来た子。他にもお宅のとこから何人か移転してるし、移籍したいならウチはいいとこだと思うよ」
そうだ、サイトで見たのは確かタクマくんだ。前の店でナンバーワンだったとは。事務所で会ったとき、確かにかっこいいとは思ったが、トップだったとはまったく知らなかった。
「他の子に客をごっそり取られたみたいでね。それがわかって即ウチに来たよ」
「そんなことがあったんですか……」
知らないところでドロドロしたことがあったんだなあ。売れてくるといろいろあるのだろう、と売れないウリセンは呑気なことを思うのだった。