「イスラム圏のダンシングボーイ」で書いたように、アラブ・イスラム圏には、かってダンシングボーイと呼ばれる少年の踊り子がいました。
彼らは、イスラムの教えで男性と同席することを禁じられている女性に代わって男たちの酒席に侍って酌をし、余興に歌や踊りを披露し、ときには男性客相手に売春をしました。
現在、このようなダンシングボーイは、アラブ・イスラム世界では見られなくなっていますが、アフガニスタン辺りではいまだに活動していて、土地の有力者の愛人になったりしているそうです。
私がエジプトにカイロに滞在した70年代終わりから80年代初めにかけても、このダンシングボーイの名残りともいうべき一群の若者がいて、
金持ちのホモのエジプト人やカイロ在住の外国人ホモの愛人になって生活していて、パーティーのときには、余興で踊りを披露していました。
私がはじめてこのようなダンシングボーイに出会ったのは、アーメッドというエジプト人のホモの金持ちのカイロ郊外の邸宅で開かれたパーティーでした。
アーメッドは、エジプト中部アシュート出身のコプト教徒の大地主で、ハワイ出身の相撲取り、高見山そっくりの巨漢でした。
彼は常時、自宅に20人を超える若い男を住まわせていて、夜毎、その中から4、5人を選んでは、アメリカ製のゲイビデオを見ながら乱交に耽るというけっこうな生活をおくっていました。
この若い男のハーレムを取り仕切っていたのは、ハッサンというハーレムのボーイあがりの30過ぎの男で、さしずめ大奥総取締役といった感じで、男の子たちを監視、監督してました。
アーメッドは、エジプトの多くの金持ちと同様、カイロとアレキサンドリアの両方に家を持っていて、2週間ごとにカイロとアレキサンドリアを行ったり来たりしていたのですが、
そのときにはハッサン以下、20数人の男の子も全員、アーメッドと一緒に移動するということでした。
カイロにいるとき、アーメッドは、日本の土曜日にあたる木曜日の夜に何人かの客を招待してパーティーを開く習慣で、
そのパーティーに何度も招かれたことのある知り合いのイギリス人外交官、モーリスが、私とお仲間のカナダ人外交官、ジョンをその夜、はじめてパーティーに連れて行ってくれたのです。
その晩は、私たち3人のほかにドイツ人の客が1人招かれていて、合計4人の客の前で、20数人のアーメッド・ボーイズが1人ずつ順番に踊りを披露したのでした。
男の子たちに踊りを仕込んだのはアーメッドだそうで、彼は男の子たちのパトロンと踊りの師匠を兼ねていたのです。
男の子たちが全員、踊り終わったあと、アーメッドがトリで踊ったのですが、アラブ音楽に合わせて巨体を揺らしながら、恍惚として踊るその様は不気味というか、なんというか・・・
モーリスによると、アーメッドは招待した客にボーイ達の中から好きな子を選ばせて、土産として持ち帰らせるということだったので、自然とそのダンスの鑑賞にも力が入ったのでした。
男の子が次から次へと踊りを披露し、4番目か5番目に、腰に薄物をまとっただけの色白の華奢なアラブ人の少年が優雅なベリーダンスを披露したあと、突如として、腰に葉っぱを巻いただけの裸の黒人ダンサーが登場しました。
彼が現れた瞬間、その場の雰囲気は洗練されたアラブ世界から野生のアフリカに変わりました。
その踊りは、両足を交互に上げて足踏みしながらピョンピョン飛び跳ねるだけの単純なステップの繰り返しでしたが、
コニコ笑いながら楽しそうに踊るその様は、ナイル奥地の文明の毒に汚染されていない無邪気で素朴な黒人そのものといった感じで、その屈託のない笑顔としなやかな黒い肢体に私はいっぺんに魅了されたのでした。
そして、その晩の同伴者として、彼を持ち帰ることができるようにアーメッドに頼もうと秘かに心に誓ったのですが、そんな私の思惑とは関係なく、事態はおもわぬ方向に展開してしまいました。
なんとアーメッドが私に関心を持ってしまったのです!
アーメッドにカイロのどこに住んでいるか訊かれ、カイロ市内のアパートで一人暮らしをしていると答えたら、アーメッドは「そのアパートを引き払って、この家に引っ越してくればいいじゃないか」というのです。
「ここは食べ物も十分あるし、君の友達になれそうな若い連中も沢山いる。ここではみんなひとつの家族として暮らしてる。君がくるなら家族の一員として歓迎するよ。一人で暮らすよりずっと面白いと思わないかい?」
突然の申し出に戸惑っている私にアーメッドは続けます。
「君はまだ本当のSEXの味を知らないだろう。今晩は私の家に泊まりなさい。本当のSEXがどんなものか、君に教えてあげるよ」
こういうとき、日本人の悪い癖ではっきりノーとは言えないんですよね。
日本人特有の曖昧な微笑を顔に浮かべながら口説かれているうちに、気がついたら小柄な私はアーメッドの膝の上に抱きかかえられ、彼とキスしていたのです!
そのとき、モーリスがやってきて助けてくれなかったら、どうなっていたかわかりません。
モーリスは、「ちょっと来い」と私の手を引っ張って部屋の隅まで連れて行き、
「お前、なにやってんだよう」
と呆れ顔で言いました。
「実はアーメッドが今晩、泊まって行けと言うんだよ」
「お前、アーメッドと寝たいのか?」
「寝たいわけないだろ、あんなデブ!」
「だったら、はっきり断らなきゃ駄目じゃないか。本当は誰と寝たいんだ。言ってみろ。俺がアーメッドに話をつけてやるから」
それで私は「カレ!」と先ほどみそめた黒人の男の子を指差したのでした。
しかし、その晩、私はお目当てのカレを持ち帰ることができませんでした。
私が家に泊まることを断ったので機嫌を損ねたアーメッドが、カレを連れて帰りたいという私の願いを聞きいれてくれなかったのです。
しかし、その後しばらくして、その黒人のカレ、スーダン人のニムールとは、タラアト・ハルブ通りのカフェ、『グルッピ』でばったり再会し、2人はめでたくステディな関係になったのでした。
私がニムールと付き合いだしてしばらく経った頃、モーリスを介して私宛にアーメッドからメッセージが届きました。
それは「ニムールは私の金を盗んだので、私の家から追い出した。君も気をつけた方が良い」というものでした。
たしかにエジプト人は手癖が悪く、私もそれまでアパートに連れ込んだエジプト人の男の子にカセットテープや小銭などよく盗られていましたが、
ニムールは正直なことで知られているスーダン人で、その頃すでに彼と半同棲生活に入っていた私には、彼が金を盗むような人間ではないことはよくわかっていました。
モーリスは、「アーメッドはヤキモチを焼いてるんだよ」と笑ってましたが、ようするに私とニムールが付き合っていることが面白くなくて、そんな嫌がらせをいってきたのです。
オネエの性格の悪さは世界共通です!
アーメッドの嫌がらせにもかかわらず、私とニムールの関係は続いたのですが、そのうち、私の住んでいたアパートの契約期限がきました。
帰国の日があと1ヶ月と迫っていたので、あらためて契約を更新する必要はないということになり、アパートを出て、ニムールともどもモーリスのマンションに転がりこんで、帰国の日まで居候することになりました。
モーリスはカイロの一等地、ガーデン・シティーのナイル河に面した、古風で格式のある建物の1階のマンションに住んでいました。
人間は大別するとイヌ型とネコ型に分かれると私はおもっていますが、私は典型的なネコ型で(アッチの方もネコですが(^^;)、「ネコは家につく」というように、
私がモーリスと仲良くなったのは、モーリス自身より、彼のマンションが気に入ったからで、以前から彼のマンションに居候するチャンスを狙っていたのです。
上の階には、エジプト政府の閣僚が住んでいるというその広壮なマンションは、玄関ホールだけで日本のワンルーム・マンションくらいの広さがあり、
40畳はありそうな広い客間に、10畳はありそうな広い台所、主寝室に客用の寝室、書斎に召使部屋と、全体の面積は100坪近くあったと思います。
そこで、私とニムール、モーリスと彼の恋人、ガミールの4人で過ごしたエジプト最後の1ヶ月は、私のエジプト滞在で一番楽しい日々でした。
カイロ市民は、夕方、涼を求めてナイル河畔を散歩する習慣があるのですが、私とモーリスの楽しみは、夕方、バルコニーに出て、シャンパングラス片手に、散歩するエジプト人の若い男を品定めすることでした。
私とモーリスがよくやったゲームは、若いイケメンを見つけると、2人でじっと彼を見つめてその反応を見ることでした。
私たちに見られていることに気がついた若い男は、怪訝そうな表情でこっちを見るのですが、そのとき2人して意味ありげに笑いかけるのです。
すると彼は真っ赤になり、どぎまぎして、そのまま私たちを無視して前を向き、歩き続けるのですが、それでも気になって、私たちの方を振り返ります。
それを待っていて、また彼に笑いかけるのです。
すると彼はまた慌てて前に向き直り、何度もそれを繰り返しているうちに、なにかにつまずいて転んだりするのです。
そんな姿を見て、私とモーリスがゲラゲラ笑ってると、ヤキモチを焼いたモーリスの恋人、ガミールが、「そんな目立つ行動をしたら警察に捕まるよ」とギャアギャア騒ぎ立て、私たちを家の中に連れ戻そうとするのでした。
ガミールは、カイロの貧民街、ショルバ出身の下層階級のエジプト人で、喜怒哀楽が激しく、お天気屋で、気に入らないことがあると直ぐにヒステリックにわめき散らすどうしようもないガキでしたが、
なぜかモーリスはそんなガミールにぞっこん惚れこんでいて、兵役義務が近づいている彼に兵役免除が適用されるように奔走してました。
ガミールは、自分が兵隊に取られてから、イスラエルとの戦争がまた起こったりしたら、自分は戦死してしまうかもしれないと騒ぎ立て、
モーリスはもちろん、ガミールを失いたくないので、大金を払って、ガミールが病気で兵役に就くのは無理だという診断書を医者に書いてもらったりしてました。
モーリスによると、ガミールは脳に小さい腫瘍があって(彼のエキセントリックな性格はそこから来ているのかもしれません)、
それが兵役免除の理由になる筈だということでしたが、病気を兵役逃れの理由にする若者は多く、兵役免除が適用されるようにするには医者だけでなく、軍のエライさんにもワイロを送る必要があるとのことでした。
モーリスにガミールとどこで知り合ったのかと訊いたら、「ストリートだよ」と笑ってましたが、実はガミールもアーメッドのハーレムにいたことがあるとあとで聞きました。
実際、ダンシングボーイの呼び名がふさわしいのはニムールではなく、ガミールの方でした。
ニムールのダンスは素人の踊りに毛が生えた程度でしたが、ガミールの踊りは本格的で、興がのるとモーリスと私の前で踊りを披露してくれましたが、
その踊りにたいする姿勢は真剣そのもので、ダンサーとしての自分に誇りを持っていることがよくわかりました。
顔はサルみたいでしたが、身体の線は素晴らしく、彼が腰に薄布をまとっただけの裸で、アラブ音楽に合わせて、挑発するように身体をくねらせながら踊ると、
モーリスは興奮して、いきり立つ股間のモノをズボンの上から握り締めながら歓声をあげるのでした。
モーリスはガミールの兵役免除を勝ち取るために大金を遣っていましたが、ニムールは、私に金の無心をしたことは一度もありませんでした。
彼は無口でおとなしく、いつもニコニコ笑っていて、なにを考えているのかよくわかりませんでした。
スーダン人は、その正直で従順な性格を買われて、カイロの金持ちの家の召使いや門衛になっている者が多く、
またカイロ在住の外国人ホモの間では、その性格の良さと肉体の素晴らしさから、愛人に持つならスーダン人が一番だと言われていました。
ニムールは、仕事は映画俳優をやっているといってましたが、端役でちょこちょこ出ている程度ではなかったかと思います。
昼間はいつもどこかに出かけていて、夕方になるとふらりと戻ってきてました。
モーリスのマンションでは毎晩、みんなで酒を飲んで騒いでいたのですが、ニムールは、夜更かしができないタチで、騒いでいる私たちを尻目に夜の9時頃には、一足先に寝室に行ってベッドに入って寝てしまいます。
モーリスたちと夜中過ぎまで騒いだあと、寝室に戻って、ダブルベッドでクゥクゥと寝息を立てているニムールの傍らにそっと身体をすべり込ませると、彼は必ず目を覚まし、黙って私に抱きついてくるのです。
そして、そのまま黙々とセックスし、終わって横になると直ぐにまたクゥクゥ寝息をたてはじめるのです。
彼が自分の傍らに寝ていると、黒い大きな番犬に守られているような安心感に包まれたものです。
ニムールのよくなめした皮のような、冷んやりと湿った黒い肌の感触は今でもよく覚えていて、私が精神的、肉体的に黒人好きになったのは、彼と付き合った影響が大きいとおもいます。
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