社長さんとの一夜
ウリセンのお客様は普通の方が多いが、たまに小金持ちくらいのお客様はいる。
その日はロングコースの出張で、指定されたホテルへ向かう。部屋へ入るとビジネスホテルよりもずっと広い部屋で、いわゆるスイートルームというやつだった。
「うわー、ひろーい……」
俺は口を開けて立ち尽くす。それを見てお客様が笑い、とりあえず荷物置きなよと言ってくれる。この部屋とは裏腹に、お客様は至って普通の人に見えた。30代半ばと言ったところだろうか。中肉中背で、身なりも高そうな服ではない。何をしている人なんだろう。
「カーテン開けてごらん」
言われるがままにカーテンを開けると、真っ赤な東京タワーが目の前に見える。夜景もこだわったのだろう。きらきらと東京中の光が宝石のように輝いて見える。
「うわっ、きれい! 僕、東京タワー大好きなんです!」
思わず俺は興奮してしまう。建物中に駆け巡る赤は、まるで血のようで不思議な力を感じる。何よりも本当っぽくて、象徴的な赤。東京は夜から真実が始まる気がする。
「原田です。今日はよろしくね」
こちらこそ、永遠によろしくお願いしたいくらいだった。
「何かルームサービス頼もうか。メニューあるよ」
原田さんはそう言ってメニューを見せてくる。
(おぉっ、やっぱり値段が高い……おかゆが2000円? スッゲー! アホくさーっ!)
しかし食事を済ませてきた俺はそんなに食欲がなく、とりあえず話の種におかゆを注文した。おかゆの中には梅干しがやたら沢山入っていたが、そのせいで2000円なのだろうか。そんなわけないけど。
テーブルで食べながらお互いの話をする。原田さんは35歳で、IT系の会社の社長だった。なるほど、と納得した。社員は5人の小さい会社だけどね、と言うが立派なものだ。
「アツヤくんはいくつなの?」
「23歳ですよ」
本当は28歳だけどね、と心の中でつぶやき、質問に答える。
「そうかー、23かー。23、23、23……23歳ねー」
原田さんは同じ単語を何度も何度も繰り返すクセがあった。ちょっとその様子が病んでいる人みたいで、心配になる。
しかしスイートルームは快適で、そんな心配も忘れさせる。ふたりでお風呂に入っていると、ここに住んでしまいたくなる。こんないい思いをさせてもらってお金まで頂けるとは、本当に不思議な商売だ。