「ふーん。じゃあ行くか」
「え、行くって……」
「ずっと立ち話しててもしょうがないだろ。ウチまで行くぞ」
……ということは、チェンジではなくなったのだろうか? よくわからないまま、俺は諸住さんについて行くことにした。
(ナンバー2ってウソを信じてくれたのかな。その理由を下手に語らなかったから、気になってくれたのかな)
そんなことを考えながら道なりを歩いていく。
(……それにしても)
あまり来たことのない場所なのだけど、何というか、高級感が漂ってくるような……このオッサン、セレブなのかな?
5分くらい歩くと、マンションへと辿り着く。
(このマンションなの? でっけー!!)
まるでビルのような高層マンションだった。エレベーターに乗ると、数字がたくさん並んでいる。諸住さんは、その中の一番大きな40という数字を押した。
「40階に住んでるんですか?」
「うん」
それが当たり前かのように、諸住さんはひとことだけ返事をする。凄いですね、と言いかけたが、それも悔しいのでやめてしまった。
部屋に入ると、そこはドラマにでも出てきそうな広い家だった。いったいいくつ部屋があるのだろう。リビングへと向かう途中に、階段を発見する。マンションなのに階段って……ここは2階建てなのだろうか?
(なんじゃこりゃー! この人何者? こんなところに一人で住んでるの?)
リビングの大きなソファーに向かい合わせで座ると、お互いに無言になってしまう。
聞きたいことはいっぱいある。何の仕事をしているのかとか、そもそも何者なんだとか。しかし何とも聞きづらい威圧感がある。
「ひ、広い家なんですね」
「まあね」
会話が弾まないから、何を言えばいいのか焦ってしまう。何かないかとキョロキョロと辺りを見回してみる。それにしても、こんなに広い家に一人で住んでいたら、何だか寂しくなりそうだ。
「な、何だか広すぎて寂しくなりそうですね。僕は狭いほうが落ち着くっていうか……」
「どうせ金だけはある孤独なジジィとか思ってんだろ。凡庸な考えだな。寂しくなんかないっつの」
またもや見事なツッコミが入る。確かにありきたりというか、ドラマから引っ張ってきたような人物像を押し付けてしまったかもしれない。
「そういえば、僕もよく寂しいと勘違いされますよ。ウリセンやっていて、本当は愛に飢えているんじゃないのとか。別に孤独なんかじゃないんですけどね」
「そうなのか。タクマは寂しそうだったけどな……」
諸住さんはそういうが、寂しいと思いたいだけなんじゃないの、という気もする。都合のいい思い込みで恋に恋していたとか。実際はどうなのかまったくわからないが。
「ていうか、お前とヤる気にならないんだけど」
「ええっ!?」
感傷的な話をしていたかと思いきや、突然、あっさりと俺を全否定してくる。
「そ、そんな。じゃあ何で家まで呼んでくれたんですか」
「いいかなーと思ったんだけど、やっぱ無理」
おいおいおい! ここにきてやっぱりチェンジかよ。気まぐれすぎてついていけない。
「じゃあ、帰ったほうがいいですか」
「いや、帰らなくていいよ。ヤらなくてもいいから話だけしてよう。金も渡すから……って、まだ渡してなかったっけ」
そういえば前金なのをすっかり忘れていた。諸住さんはお金を渡してくるが、セックスなしで受け取ってもいいのだろうか。
以前知り合った高級ボーイ(27参照)は、話すだけで終わることもよくあったと言っていた。でも、俺はセックスがないと不安になる。お金はセックスに対する報酬だと思うし、性的な価値があると思えることがセックスだからだ。
(……まあ、金持ちだとこういう余裕もあるのかな)
何とか納得して、俺はお札を受け取る。
それからは、本当に話をしただけだった。
何を話せばいいのかと悩んだものの、聞いたことはベラベラと何でも語ってくれた。
タクマ君のことはよくある話で、諸住さんが惚れ込んでしまい、ウリセンを辞めて彼氏になってほしいと言ったら断られたそうだ。確かにお金には困らなくなるかもしれないが、つきあうのは難しいだろう。
ウリセンはもう長年利用しているが、本気になったのはタクマ君が初めてだっただけに、フラれたのは相当ショックなようだ。
適当に雑談をしているとすぐに2時間は経過した。あの、時間が……と申し訳なさそうに言うと、帰っていいぞ、と何事もなく帰してくれた。本当に何もないと、それはそれで申し訳なくなってくる。
その後、事務所に行って精算をして、家へと戻る。自分の狭い家にいると、さっきまでの出来事が夢のようだった。
(世の中にはいろんな人がいるんだなあ。あんな広い家に住めたら幸せかもしれないけど、やっぱココが落ち着くな)
もうあの人とは会わないだろうし、そもそもウリセン辞めるつもりだったし……最後の最後で面白い体験ができたかな。
俺は感無量だったが、驚く出来事はまだ続くのだった。