数日後、いつものように家で仕事をしていると、マネージャーから電話が来る。
『アツヤ、今夜だいじょうぶ? 指名が入ったんだけど』
おお、辞めるつもりだったのに、こんな短いスパンで指名が入るとは。大丈夫ですよ、と答えるとマネージャーは心配そうに言う。
『この前の諸住さんなんだけどさ』
「……えっ!?」
どういうことだろう。さんざんブサイクと言って、指一本触れてこなかったあの人が指名をしてくるとは。しかも今度はタクマ君の代わりとしてではなく、直々の指名だ。
「何でなんですかね」
『さあ。タクマにフラれたからアツヤにするんじゃないの』
よくある話だ、というようにマネージャーはあっさりと言う。
高層マンションの最上階、諸住さんの家へ行くと、開口一番こう言われる。
「うーん、やっぱお前いいや。他の子がいい」
ま、またチェンジか! ってか指名しておいてそれはないだろう。それとも冗談で言ってるのだろうか。
「そんなこと言わないでくださいよ~。また指名してくれて嬉しかったんですよ?」
「いやー、一回会っていいかなーと思ったんだけど、いざまた会うと、大したことないわ」
冗談にならない本音が胸に突き刺さる。このまま本当にチェンジするべきか。でも、いわゆるツンデレというやつで本心は気に入ってくれているのかもしれない……と勝手に思い込み、俺は居座ることにした。
「とりあえずお茶でも飲みましょうよ。わー、いっぱいコーヒーカップがあるなー」
俺は勝手にキッチンの横にあるガラス戸棚を覗きこむ。そこにはいろんなコーヒーカップが並んでいてセンスの良さを感じさせる。こういうのを見ると、ムカつく奴だけど憎めなくなってくる。
「どれにするんだよ」
「えっ?」
「好きなやつ選べ。コーヒー入れてやるから」
俺は柄のないシンプルなカップを選ぶと、諸住さんは同じものを選んだ。
「そういえば、どうしてまた指名してくれたんですか?」
淹れてくれたコーヒーを飲みながら俺は尋ねる。
「ナンバー2って言ってたけど、どこが2番なのかわからなかったから、知りたいと思って」
そうだったのか。やっぱりあのハッタリが効いていたのか。
「でもやっぱわかんねーよな。ウソなんだろ?」
「い、いや……一度お話しただけじゃ、僕の良さはわからないですよ」
当然のごとく疑われているが、俺ははぐらかす。
「じゃあヤればわかるのか? でもな~、お前とヤる気にならないんだよな~」
指名しておきながら、本当によくわからない人だ。そして、プレイがないというのは思いの外、キツい。自分が性的に認められないということは、自分が何者でもないという気持ちにさせられる。
そして結局、今回も話をするだけとなった。二回目ともなると、結構突っ込んだ話もしなくてはいけなくなる。俺は、自分が普段は家でライターの仕事をしていることや、それが忙しくなってきて、ウリセンを辞めようか悩んでいることを話す。
「お前は何か夢があるのか?」
突然、諸住さんが真剣な話題を振ってくる。いきなりすぎて俺は戸惑う。
「え、何だろう。ライターの仕事が忙しくなってほしかったから、少しは夢が叶ってるような……」
「フーン。つまんない奴。タクマは、ずっと、自分の店を出したいって言ってたんだよな」
明らかに未練のある言い方だった。ナンバーワンで、最近まで諸住さんのお気に入りだったタクマ君。何の店かはわからないが、その資金を貯めるためにウリセンをやっているのだろうか。
「別につきあってほしいとは言わないけどさ、俺が店出してやるって言ったのに断られたのは辛かったんだよな」
「え……っ」
そんなこともあったのか。いわゆる、パトロンというやつか。確かに、恋愛関係になれないのはまあわかるとして、自分のお金があるという部分に頼ってもらえなかったのはプライドが傷ついたのだろう。
(俺だったら遠慮なく金出してもらうのにな~。つっても、この人に恩を売るのはリスクありそー)
「そういえば、お前が書いている文章はさ、どこで読めんの? もう知らぬ間に読んでたりして」
「えっ、いや、誰も見てないようなものばかりですよ。しょうもない芸能人のゴシップ記事とか、誰が来るのかわからないセミナーのチラシとか……」
俺は思わず愚痴ってしまう。言ってから、しまった、と思ったが、
「あっそ」
と、諸住さんはひとことだけ返した。
(……つまらない奴って思われてるんだろうな。大きな夢もないし、それが花開いているわけでもない。この人と話すと何だか焦るな……)
ボーイとしてのウリもないし、お客様が応援したくなるような夢もない。やっぱり俺って何もないのだなあ、と思い知らされる。
「あっ、でも何もないけど、それは現状に満たされてるってことでもあって……それはなりたくてなったわけで……」
「ハァ? 何言ってんだ」
自分でも何を言ったのかよくわかっていない。
せっかく指名してもらったのだから、何か爪痕を残さなくては、と思いながらも、こんな会話で終わってしまった。
もう次は無いんだろうなと落ち込みつつ、まあいいかとすぐに立ち直って、諸住さんのマンションを後にした。