初めてのウリセン一夜
店からの着信の携帯にすかさず出ると、
「アツヤ、今から1時間後に泊まりなんだけど、大丈夫?」
と店長に聞かれる。ついに初仕事だ。俺は、大丈夫ですと即答する。
「それじゃ、この後すぐにメールするから。あと、事務所寄ってって。よろしく」
電話を切ると、何もしていない身支度を急いでする。5分で準備をして家を出て、電車に飛び乗る。
土曜日の夜8時、新宿へと向かう上り線は人もまばらで空いている。
(俺、今から売られてセックスするのかあ。変なの)
窓に映る自分を見て、念のため髪型をチェックする。その後、ノートにメモをした手順を確認し、メールを読み返す。
仕事が入ると、毎回店側から以下のようなメールが届く。
2月5日 21時~9時 ショートロングコース
吉田様 バック希望
合計 30000円 店入金分 10000円
※確認しましたら返信をお願いします
特別な場所やプレイの場合は、それも記載されるが今回は特にない。
事務所へ寄ると、店長ではなく別の男性が部屋にいた。どう見ても俺より若く、メンズエッグにでも出てきそうなイケメンだ。この子もボーイなのだろうか。
「あ、アツヤくん? マネージャーのヒロキです。今日がはじめてなんだよね。部屋にもあるけど、出張の時もあるからコレ持っていって」
そう言われて渡されたのは、携帯用のローションやイソジンとコンドーム、そして個室の鍵だった。
「最初だけど、何か質問ある?」
「えーと、えーと……」
質問はないが、不安な気持ちは聞いてもらいたい。そういうわけにもいかないので適当な質問をしてみる。
「俺、夕方にオナニーしちゃったんですけど、やっぱ俺もイかなきゃダメっすかね?」
我ながらマヌケな質問だった。
「それだったら勃起薬があるけど持っていく?」
ヒロキさんは真面目に回答する。勃起薬を飲んでまで頑張るとは……結構ラクじゃないんだなあと思う。
「あ、いや、大丈夫です」
「じゃあそろそろ時間だから。個室に行ってお客様を待機していて。頑張ってね」
明るく優しくヒロキさんは言った。若いのにしっかりしてるなあ。もっといい加減な業界かと思っていたら、そうでもなかった。
後ほどわかったのだが、ヒロキさんはボーイとマネージャーを兼業していて、それはウリセン業界ではよくあることだった。確かに、ボーイを続けてステップアップするとしたら、マネージャーになるか店を持つかだろう。
でもそれは、この業界に身をうずめるということだ。それがいいことなのかどうかは、わからない。
(それにしても、マネージャーって芸能人みたいでカッコいいな。俺にもマネージャーができたのか……悪くないね)
しょうもないことを考えながら、俺は個室へと向かった。
ほとんどワンルームマンションと変わらない間取りの個室へ入り、間接照明だけを点灯する。ソファに座って、再度ノートを確認する。
(どんなお客さんが来るんだろう。もしとんでもなく意地の悪い人だったらどうしよう。眠らされてどっかに連れていかれたら……)
緊張しつつ、ろくでもない妄想をしていると、インターホンが鳴る。ついに来た。
「こんばんは」
ドアを開けると、30代中盤くらいの男性が立っていた。