最悪のお客様

待ち合わせは新宿から数駅の改札で、それからお客様の家に行くことになっていた。
　早めに到着して、スマホを鏡にして顔をチェックする。それから店のメールをチェックして、お客様の名前を確認する。諸住さん。120分コース。
（それにしても、今回のは指名に入るんだろうか。これで辞めちゃってもいいかなあ）
　そんなことを考えていると、携帯の着信が鳴った。
「はいもしもし」
　知らない番号からの着信なので、お客様の電話だろう。
『今どこにいる』
「えっ？　駅前に到着しましたが……」
　俺は片手を上げて合図をしながら周囲を見渡す。すると、電話をしながらこちらを見ている男性と目が合う。真っ黒のコートに真っ赤なマフラーをしている。お客様の諸住さんだ。
　60代くらいだろうか。背が低く、痩せていて、白髪が多い。しかめっ面をしているせいか、顔のシワが目立つ。
　目が合うと諸住さんは電話を切り、俺の方へ向かってくる。
「お前がタクマの代わりか!?　最悪だな！」
　俺の目の前に立って、確かに諸住さんはそう言った。
　最悪？　思いもよらない言葉に、俺は呆然としてしまう。初対面の第一声で、最悪とまで言う人がいるとは。ショックというよりも、想像の範疇を越えている。
「帰っていいよ。店に連絡しておくから」
　そう言って諸住さんは背中を向けて、その場を去ろうとする。
（えっ!?　何コレ?　誰でもいいって言ったのは自分じゃないの？　そもそもコレってチェンジってこと？　本当に帰っていいのかな。それとも引き止めるべき……？）
　何から何まで全くわからない。研修の時、チェンジされることもあるから、その時は事務所に連絡すると言われたのを思い出した。
（でもこれで帰ったら指名にならないし、これでウリセン辞めたら最悪の幕引きだよな……）
　プライドが傷ついたのは事実だし、もう少し俺は悪あがきをしてみることにした。
「ち、ちょっと待ってください」
　俺は追いかけて諸住さんに声をかける。
「帰っていいって。お前みたいなブサイクじゃ話にならない」
　諸住さんはこちらを見ることもせず、物凄い追い打ちをかけてくる。確かに、ナンバーワンのボーイの代わりにビリのボーイが来てもしょうがないのだろう。それにしても、ブサイクって。整形後に言われたのは初めてだっただけに、泣きたくなるほど傷つく。
（タクマ君がこの人をNGにする理由がよくわかったよ……気に入られてたとしても、何言われるかわかったもんじゃないよな。性格悪すぎだろ）
　そう考えると、俺がここに行くことになったのも納得する。タクマ君の代わりのボーイはこんなもんですよ、と嫌な気持ちにさせれば、もう店を利用することもないだろう。タクマ君もマネージャーも嫌な客を追い払うことができて万々歳ということだ。
（つっても、俺は相当ショックだっつーの！　客には嫌なこと言われて、店とナンバーワンの都合の良いように使われて……この程度しか役に立たないってこと!?）
さっさとウリセンなんて辞めてりゃよかった。また整形しようかな。今度は輪郭やりたい。帰って仕事しよ。納期近いし。何か食べて帰ろうかな。恵比寿って何かあったっけ……
　と、いろいろなことを考えてショックな気持ちをごまかそうとする。その間にも諸住さんはどんどんと歩いて行き、姿を消そうとする。
「ちょっと待っ……」
　何故か俺は、さらに追いかける。ムカついてひとこと言ってやりたいという気持ちや、このままチェンジでなるものかという気持ちがそうさせたのかもしれない。
「何だ、ついてくるな！　いい加減にしろ」
　汚いものでも見るかのように、諸住さんは俺を睥睨する。
（やっぱ嫌なヤツ！　何か、何か言わなきゃー）
　ブサイクなのはどっちだ、というような口喧嘩をふっかけようとしたが、とっさに出てきた言葉はこうだった。
「あのっ、俺が来たのには理由があるんです」
「……理由？」